先日は英会話のPrivate lessonで様々な社会問題を話していたのであるが、 Copycat PosoningCrimeからテロ問題へと話が及んだ時、 ”How different is essentially Japanese social andpolitical systems from those of America and Europe?”と質問された。 その質問はぼんやりとしか私自身考えていなかった問題であるため、 絶句したまま呆然自失の態であった。 彼は私に気を遣ってくれて他の問題へ話を移してくれたが、 次週の宿題にしてもらった。 明治以来私達の政府は一貫して欧米烈強をCatch Upしてきたはずである。 しかしどこで違ってきたのであろうか。 私の眼には特にWorld War U以後の方が違ってきたようにみえる。 Lessonが終り彼が帰った夜私は考え込んでしまった。
欧米諸国は確かに独創的に自分達の文化や文明を試行錯誤の上に創りあげた。 しかしその創りあげたSystemを絶対的なものであるとは考えず、 常にRisk Managementを考えてきた。 現在世界のマーケットを席捲しているHedge FundのHedgeとは損失や危険などに対する防止策という意味であるが、 まさに自分達のSystemを終始Hedgeしてきたのではないだろうか。 一方日本はといえば、 欧米烈強をCatch UpしCopyすることに懸命であり、 一貫してCopyすることに専心し、 そのSystemは絶対的なものと考えたのではないだろうか。 当然ながらOriginalにSystemをつくりあげた欧米諸国はそのSystemの長所や短所にも熟知していた。 一方日本は短所に目を向けることなく、 ひたすら長所を利用して前進だけを考えてきた。 その結果として欧米諸国はRiskを基盤に、 日本はStabilityを基盤にものを考えるようになったのではないだろうか。 今世界を振り返ってみれば、 Riskにみちており、 どこにもStabilityはない。 即ち明日はどうなるかわからないといえる。 もう一つ日本人が信奉してやまないScience and Technologyは人類に大いなる利益を供してくれたが、 一方では恐れ、 敬虔さ、 憧憬といった人間本来の資質を私達から奪い、 宗教や倫理観を日本人はなくしていったのかもしれない。 しかし、 欧米諸国はScience and Technologyに相対的な価値しか付加せず、 宗教や倫理観をできるだけ残していったのかもしれない。 私達には経済的なBig Bangではなく、 精神的なBig Bangが必要ではないだろうか。 さてさて、 私のつたない考え方は果たして彼に通じるだろうか・・・・。