「アポトーシス」
 大 滝 俊 宏



 アポトーシスと言う言葉をご存じでしょうか。 97年末のテレビ (NHK 未来潮流 『生命と心を見つめる』) より、 生命工学の進歩によって遺伝子のなかに、 自らの生命を終わらせる命令を受けもつ遺伝子が見つかったとのことです。 これで、 生命に寿命があることの理由が科学的に証明された訳ですが、 ではなぜアポトーシスがあるのか、 自らの命を終わらせる必要があるのかが疑問となります。

屋久島の縄文杉は7000年の樹齢と言われ現在なお青々とした葉を繁らせていますが、 人の寿命はせいぜい100才たらずです。 いくら頑張っても200才は無理のようです。 識者は、 その理由を有性生殖にあるのではと推測しています。 大腸菌などの細菌には雌雄はなく無性生殖により同じ遺伝子の複製から同じ固体が分裂増殖していきます。 これに対して人などの有性生殖では、 母親と父親の双方から遺伝子を譲り受けることで、 子供が生まれるわけです。 この父と母になる固体には生命として生きて行くために有利な情報を子に遺伝子として手渡す訳です。 ところが遺伝子にはエラーがつきまとうため、 古い世代と新しく生まれる固体とが生殖してしまうと、 その子供には有利な情報が遺伝子として受け渡しができなくなる訳です。 これを防ぐために古くなった固体には遺伝子が生命を終わらせる命令を出し、 理路整然と死んで行く訳です。

 私は昨年、 北海道の知床で川底に産卵を終えた鮭の遺骸が多数横たわっていたのを思い出します。 バスガイドは 『あまり紹介したくない光景です』 と言っていたが、 これは、 まさに生命が次の世代に優性な遺伝子を手渡した証しであり、 産卵できた鮭にとって、 大往生したことになるのではないでしょうか。 ところで地元、 北海道の浜元では鮭が取れ過ぎて一匹5円で取引されているとの事です。 これは、 人工受精による鮭の大量放流、 大量捕獲が生んだ結果のようです。 生命科学の発達によって我々は大変な利益に恵まれているととらえられる反面、 生命の持つ本来の意味を見失い、 生命を人為的にコントロールできるかの錯覚をしているのかもしれません。 地球上に生命が生まれ今日まで30億年の長い時の流れの中で進化を繰り返し現在がある事を忘れている様です。 科学技術は人に希望を与え、 それが現実となると、 人は更なる欲求を生じ、 科学技術はそれを満たすべく、 更に開発されます。 しかし、 その科学技術の評価は100年から200年を経てされると言われています。

 生命科学の進歩は難病治療としての遺伝子治療、 家畜、 植物の品種改遼、 不妊治療など多くの人類にとって有利な技術を生みだしました。 しかし、 その事が生み出す自然とは反する行為による結果は、 今後我々が生きている100〜200年では評価が出来ない訳です。

 生命の中で老いは、 負の印象が強調されますが、 人生経験を積む事で初めて分かる味わいがあると言われています。 『お年寄り、 早く死ぬのも、 国のため』 との川柳が出ていましたが、 アポトーシスが起きるまで生命の光が輝くことを望みたいと思います。


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