「巻頭言」
「八十八ヵ所」歩き遍路の事始め」
寺谷彰芳


 きびしかった残暑もようやく和らぎ、日差しはまだ強いものの、朝晩は涼しく感じられるようになった。いよいよ野外活動に最適の季節である。
 今年の春、四国八十八ヵ所をわずかだが歩いてみた。いささか充実感が得られたので、この秋にも歩き遍路に出かけるつもりである。

 八十八ヵ所巡りについては、弘法大師空海が開いたものである、などおばろげな知識しかなかった。若い頃に四国を自転車で旅行したことがあり、そのついでに室戸岬の最御崎寺、足摺岬の金剛福寺など十ヵ所ほどを訪れたことがある。そのおり、金剛杖を持った白衣姿のお遍路さんを見かけた。お堂で灯明、線香を上げ、読経していた。しかし、その姿をみても、当時のわたしはたいした感慨も抱かなかった。

 そのようなわたしが、歩いて四国遍路をしたいと思ったのは、俳優の萩原健一さんが実際に歩き遍路をする、NHKのテレビ番組「四国八十八ヵ所」を見たのがきっかけであった。去年の初夏だった。
 わたしと同年代の萩原さんが、白衣姿で金剛杖を突きながら淡々と遍路道を歩いていく。日に焼けた顔も実にいい。信仰心に根ざしたものではなく、歩くことが楽しい、スポーツのような感覚で歩いている、と話していた。家族のこと、亡くなったお母さんのことを思いながら歩くとのこと。彼の歩く姿、家族に寄せる熱い思い、その話し振りに感動した。

 今年、わたしは五十歳。心身ともにくたびれが来る年代である。歩くことは、体にも良いし、ストレスの解消にもなるだろう。「八十八ヵ所」という目標があるのも良い。物事をやりとげる達成感も得られるのではないだろうか。
 というわけで、わたしの歩き遍路は始まった。桜の咲き乱れる美しい春だった。
 「四国八十八ヵ所」は、行程、およそ千三百キロ。徒歩で四十日から五十五日かかるとのこと。仕事を持つ身ゆえ、一気に、というわけにはいかない。休日を利用した日帰りか、一泊二日で少しずつ進んでいくしかあるまい。それも一年に数日がやっとであろう。十数年かけてやりとげるも良し。途中で挫折するも良し。気楽にとりかかってみようと考えた。

 第一回目は四月初旬の日曜日。JRの列車を乗り継ぎ、最寄りの駅から歩くこと十分、第一番札所、徳島県の霊山寺に到着。わたしの遍路旅の始まりである。この日は、一番から五番札所の地蔵寺まで歩く。距離にして十キロ余り。怠惰な生活をむさばっている身には、少しこたえた。

 第二回目は翌週の日曜日。これも日帰り。前回の続きの五番から十一番藤井寺まで歩きとおす。二十七キロだった。体が慣れてきたのか、つらいこともなく、快調に歩き遍路を楽しむことができた。
季節は最高、暑からず寒からず。華やかな桃の花、清楚な桜の花を愛でながら、おいしい空気を胸いっぱいに吸って、緑あふれる四国の春を歩いた。
 温かい人情と素晴らしい自然にふれて、これからも出来るだけ歩き遍路を続けてみたいと思ったのであった。
 紅葉にいろどられた遍路道。そこを黙々と歩いている自分。そのような情景がまぶたに浮かぶ、今日このごろである。
                               

(9月28日記)

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