外から日本を見たとき、我々が肌で感じている感覚とは異なり、表面的には豊かであると映っているようです。我々の分野で言えば公的介護保険はさしずめその典型でしょう。避けて通れない高齢化社会の歪みを埋めるために、医療保険でカバーし切れなくなったの
で介護保険の新設という名目で、高齢者からお金を頂く制度である、というのが最も分かりやすい説明でしょう。この制度は将来破綻する可能性を秘めています。しかし、走り始めました。
医師会として、この制度にどのように対応すべきなのか、僅かの医療機関を除いて未だに明確な指針が出せません。でも傍観は無策です。折しも、医師会諸会合への会員の積極的な参加と協力が数字の上でも明らかになっています。期を同じくして、私の責任で医師
会へ訪問看護制度を取り入れ、更に在宅介護支援センターも間もなく動き始めます。これらの制度の利用が住民の方々と共に医師会員にとって「幸」となると信じたからです。幸い、今のところ順調です。でも朝令暮改を繰り返す国の方針への追随には会員の皆様同様に、私もいささか疲れます。
3年前、今の職務を私に仰せられた時、我々はもはや一国一城の主ではないこと、どのように周囲が変わろうとも「医の心」を持って仕事をすべきことなどを申しました。それが僅か3年後の今、いわゆる老人狩りのワゴンが町中を走り回る状況をみるとき、見事にけとばされた状況のようです。でも国の方針を先取りするなら、かかる状況は、時流に流されず一層本道を歩むよう暗示しているかのようです。
私が児島医師会の仕事の一部を与えられてからもう20年を越えます。初めの頃の医師会全体の業務は、今から思えば単純なものでありました。以来、年々関わり合いが増えて複雑化する行政との関係、更に福祉関連との新しい関係が始まりました。これからの極めて近い将来、例の猫の目行政でどのように変化するか予想もつきませんが、残された最後の1年間、道を踏み違えないよう歩んで行きたいと決心しています。そして、将来振り返ってみれば、山名会長の時が一番大変な時期だった、と言えるような環境になること、これぞ夢のまた夢でありましょうか。