「巻頭言」
会長退任にあたって
― 一層の充実と和を ―
会 長  山 名 正 俊


 私なりに4年間務めた職務を終わるに当たり、よくぞ務められたとの感慨は一入です。会員の諸先生方の無言の後押し、そして「貞女は二夫にまみえず」の禁を破った三宅副会長、黙って全てを了解して下さった大島副会長をはじめとして、理事役員の方々の献身的な奉仕の精神に支えられてこそ、と御礼の言葉もありません。ありがとうございました。世の流れにも増して、今も大きな変動の続く医療保険制度の渦の中に揉まれて、村山先生の「雑用という用事はない」との言葉を忘れずにやってきました。

 平成9年の児島医師会設立50周年事業、平成10年には介護保険導入を控えて児島看護支援センターを、更に平成11年に児島在宅介護支援センターの設立と、時の流れを少しでも早く先取りして、もはや個々の医療機関では対応がむつかしくなっている諸施設の整備が何とか実現しました。更に、平成12年度から始まる介護保険制度への対応に、暗中模索しながらも、これも姫井理事を中心とした医師会理事全員の理解と協力で何とか軌道に乗りそうです。

 書いてみればたった数行で終わってしまうこれらの仕事を進める間に、会長であるが故に経験できた貴重な出来事が走馬燈のように頭をよぎります。一期一会のつもりが、結果として、多くのお方と知り合う機会になったことは、会長職であったればこそと言えるでしょう。いろいろな方との話し合いや交渉も、詰まるところ、こちらの胸をどれだけ開くかという人と人とのぶつかり合いであることも経験しました。もしも今までと同じように、狭くて世間に疎い医者の世界だけにいたならと思うと、むしろ得難い経験をさせていただいたと感謝するばかりです。

 在任中、最も印象的だったのは50周年での会員一同の御協力でありました。元来、医者になる位の人材の集まりです。その方々が自分の利害を超越して力を合わせると大変なエネルギーを持っていることを知らされました。奇しくも全国殆どの医師会は同じ年に50周年行事を行いましたが、会員が力を合わせて実現した点では多分どこにも負けないものであったと自負できます。

 介護保険導入後の医療の将来像は濃い霧に包まれて容易に予測はできません。しかし我々医師たるもの、例え将来像がどうあろうとも本分である医師としての職務を通すことが本道であると信じております。かかる意味で、この児島医師会は比較的良い雰囲気を持っていると感じています。この環境がいつまでも続くよう、これからも会員の一人として努力し、協力を惜しみません。

 退任にあたり、宿題となった点は2つあります。

 第一は会員相互の一層の親睦を深めるための新たな手段を見出せなかったことです。児島医師会が発足して暫くの間は親睦旅行に近いものがありました。それは家族ぐるみでのお付き合いの場でもありました。時代の趨勢はこのような行事を次第に廃れさせているようです。しかしそれに代わる何かが出来なかったかと自問自答するのみになったのは残念で、申し訳ないことをしました。

 第二は旧倉敷南保健所の建物を医師会を中心とした医療・保健・福祉の施設として利用すべく計画し、その運動の緒についたばかりであったことです。立地条件、中の設備など申し分なく、そこでは地域から望まれている検診・夜間救急機能・介護支援事業などの将来の中核として機能できるはずで、これの実現は三宅次期会長の手腕に期待するところ大であります。

 幸い、次期の理事役員の方々は三宅八郎会長以下大きく若返って、従来にも増した柔軟な思考と実行力を兼備しておられ、児島医師会の将来を一層明るくしてくれるものと期待できます。

 終わりに、看護専修学校の運営に努力して下さっている中島、菱川両先生、私の重なる叱責にも耐えて事務をして下さっている佐原さん、何かと手助けを有難うございました。心から御礼を申し上げます。

 児島医師会の一層の充実と和を祈りつつ、会員、関係者の皆様に重ねて心から御礼を申し上げます。


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