「医師と母親のギャップ」
児島医師会理事
吉村友江
今年もまた8月が来たら大学受験資格者検定試験(大検)がある。高校を中退していった人たちの顔をしきりと思い出してしまう季節だ。進学校の軌道からおりて自分の道を歩く(歩かざるを得なくなる)ということは想像を絶するイバラの道で、友人たちから遅れをとる焦りと挫折感は一家中を一時地獄に落とし込む。家庭内暴力がおきたり、摂食障害がおきたり、抑うつ状態に陥ったりしながら、たとえ大検を合格しても、大学受験のレベルには程遠い現実に直面する。
高校中退後、大学至上主義を捨てて、夜間定時制高校を選択する人もいる。レベルの高い進学校にいた人ほど此の切り替えに要す年月は長くなるようだ。プライドとの戦いだ。学習能力は高いのに対人関係能力に劣るが為に学校での精神疲労がひどかったり、完全主義的傾向の為に先にすっ飛ばして進めなかったりということが程度の差こそあれ多くの人にみられる。
道男君(仮称)とは3年の付き合いになるが、進学校中退後2年を要して夜学の道を進んだ。学校に行くと腹痛や下痢の症状は依然としてあるが、彼に変化が起こった。まず精神科デイケアでの緊張感が少しずつ薄れてきた。そこでは寝転んでも良く、本を読んでも良く、一人もくもくとパズルをやっても良い。同年代の男の子とは交流が持てないが、間にスタッフが入れば少しずつ会話が成立してくる。ある日道男が昼食のあと少しうたた寝をした。神経ビンビンの自分が他人の何人もいる中で寝転んだだけでも信じられないのに、ツルリとできたことを不思議そうに言う。自分の「楽な居場所」を見つけたらしい。しばらくして「先生、僕はここにおっても良いんですねぇ。スタッフの先生やメンバーたちから僕は受け入れられているなと実感できるようになった。」と診察中にそっと言うようになり、ほんのつい先日「学校へ行くという簡単なはずの道を見つけられた。失敗をしても怖くなくなった。わかりませんと答えても許されることを実感できるようになってきた。学校でみんなと給食を僕が食べても良いんだなぁ。教室で僕が授業を受けても良いんだなあ。夜の帰り道、星空を見上げたら、こんな僕でもひょっとしたら可能性って物があるかも知れないなんて思うようになったんスよ。」なんて素晴らしい顔をして言ったことだろう。君には無限の可能性がある。まだ自分でその能力に気付いていないだけ。重い扉を自分の力で開けたから、もっとすごい自分を見つけることになるよ。…それから私は彼になにを言っただろうか。「希望」をこんな風に共有できた幸せを感じていたのだ。
仕事を終えて帰宅してみれば、同じような年頃の息子が、ひどく憎たらしい顔をしてコーヒーを作れと言ってくるではないか。此の子も辛いことが一杯あるだろうに、母親はいないも同然で仕事ばかり。悪いな。君が貸してくれた本は今夜中に読んでおきます。