| 明治末年 |
|
|
都窪郡医師会に属していたが、そのなかで倉敷町在住の開業医をもって倉敷医師会(別称十日会)をつくり活躍していた。とくに倉敷医会の事業として産婆看護婦養成所(大正9年4月創設)、派出看護婦協会および無料診療所があった。 |
| 昭和3年 |
4月 |
|
倉敷市の誕生とともに医師会令による倉敷市医師会が結成された(会員46名)。この年健康保険法が施行された。 |
| 昭和6年 |
|
|
市無料軽費診療制度に協力 |
| 昭和10年 |
|
|
医師会事務所を三橋医院に置いた。 |
| 昭和12年 |
2月 |
|
医師会館が落成し、事務所および教室として使用することになった。 |
| 昭和12年 |
|
|
市内各学校に内科小児科医のほか眼科医、耳鼻科医各1名を配した。また医療衛生調査会をつくり、公衆衛生に尽力した。この年国民健康保険法が施行された。 |
| 昭和15年 |
4月 |
|
看護婦養成所について県知事から、2年制無試験有資格の指定認可を得た。 |
| 昭和17年 |
12月 |
|
戦時下医療統制のため国民医療法が施行され、これにもとづいて倉敷市医師会は解散され、岡山県医師会倉敷支部が結成された。
以上赤木元蔵著「倉敷市医師会小史」より抜すい
|
| 昭和22年 |
6月 |
9日 |
倉敷市医師会(新生医師会)の設立総会が開かれ定款を採択した。11月1日設立が認可になり、11月10日社団法人倉敷市医師会の登記完了。11月24日第1回総会が開催され倉敷市、浅口郡連島町、西阿知町、都窪郡清音村の医師が参加し、会員93名で発足した。倉敷市医師会看護養成所 |
| 昭和25年 |
9月 |
|
児島郡粒江村を合併。 |
| 昭和26年 |
4月 |
|
定款施行細則、裁定委員会規程、議事法則および会議賦課徴税規程を施行。 |
| 昭和26年 |
3月 |
|
帯江村、中庄村、菅生村を合併。 |
| 昭和27年 |
4月 |
|
豊洲村を合併。 |
| 昭和28年 |
4月 |
|
法改正にともない、倉敷市医師会准看護婦養成所として発足させた。 |
| 昭和28年 |
6月 |
|
福田町を合併。 |
| 昭和29年 |
12月 |
|
藤戸町を合併。これら町村の合併により、その地区の医師会員が加入した。 |
| 昭和31年 |
|
|
准看護婦養成所が各種学校として県知事から認可された。 |
| 昭和37年 |
4月 |
|
准看護婦養成所を倉敷准看護学院と改称。 |
| 昭和38年 |
4月 |
|
職員服務規定を施行。 |
| 昭和40年 |
4月 |
|
倉敷中央高等学校に衛生看護科を新設。 |
| 昭和40年 |
9月 |
6日 |
准看護学院の教室を幸町に新築落成した。 |
| 昭和40年 |
12月 |
|
倉敷市医師会報を創刊。 |
| 昭和41年 |
1月 |
|
倉敷地区保健協議会が発足。 |
| 昭和42年 |
2月 |
|
倉敷、児島、玉島三市が合併し新倉敷市が誕生した。これにともって倉敷医師会と名称を変更し、また児島、玉島両医師会との間に三医師会連絡協議会を結成した。 |
| 昭和42年 |
5月 |
|
倉敷市、岡山大学公衆衛生学教室、倉敷医師会共同による水島地区住民の公害に関する健康調査を行った。以後毎年1回行う。 |
| 昭和42年 |
8月 |
|
准看護学院校舎を増築。 |
| 昭和42年 |
12月 |
|
休日当番医制を実施。 |
| 昭和43年 |
6月 |
|
三医師会連絡協議会を倉敷市連合医師会協議会と改称。 |
| 昭和43年 |
9月 |
|
倉敷高等看護学院の設立を厚生省に申請し、幸町に敷地を取得して校舎を建築した。昭和44年3月5日厚生大臣の認可を得、ついで各種学校として県知事の認可を得た。 |
| 昭和44年 |
4月 |
12日 |
倉敷高等看護学院の開学式を挙行した。 |
| 昭和44年 |
7月 |
|
倉敷医師会規定録を改訂。 |
| 昭和45年 |
4月 |
|
片山学園に衛生看護科を新設、倉敷准看護学院との連携教育を開始した。 |
| 昭和45年 |
10月 |
|
倉敷、水島両地区における医師会の公害に関する患者調査(喘息様症状を呈する患者の調査等)に着手した。 |
| 昭和46年 |
3月 |
|
庄村を合併。 |
| 昭和46年 |
6月 |
|
日本医師会の保険医総辞退に協力体制を布く。 |
| 昭和47年 |
3月 |
7日 |
倉敷市高等看護学院第1回生卒業式挙行(43名)。 |
| 昭和47年 |
4月 |
|
老人医療費無料制度発足。 |
| 昭和47年 |
5月 |
|
茶屋町を合併。 |
| 昭和47年 |
5月 |
3日 |
倉敷医師会が諮問を受け発足した、倉敷市特定疾病患者対策協議会は「できるだけ速やかに救済制度を発足すべきである」と答申。 |
| 昭和47年 |
7月 |
|
水島臨海工業地帯隣接地区校の全児童生徒を対象とした特別健康調査を実施。 |
| 昭和47年 |
8月 |
1日 |
閉塞性気道疾患を対象とする倉敷市独自の特定疾病患者救済制度が施行された。 |
| 昭和47年 |
10月 |
|
産業医制度発足。 |
| 昭和47年 |
11月 |
22日 |
倉敷医師会設立25周年記念式典挙行。 |
| 昭和48年 |
9月 |
|
公衆衛生部会から産業医部会が分離独立 |
| 昭和49年 |
4月 |
|
慶弔金規程を改正 |
| 昭和49年 |
9月 |
|
川崎医科大学倉敷医師会入会(倉敷中央病院は昭和3年入会済み) |
| 昭和50年 |
1月 |
|
病院部会発足
|
| |
3月 |
|
山陽新幹線博多まで開通
定款の一部を改訂 |
| |
12月 |
|
公害健康被害補償法による政令市に指定
公害健康被害補償法の審査会発足 |
| 昭和51年 |
3月 |
|
倉敷医師会規程録を改訂 |
| 昭和52年 |
4月 |
|
夜間急病診療開始::同時に、眼科、耳鼻科、産婦人科、小児科については在宅輪番制を導入
労働保険事務組合設立 |
| |
5月 |
|
医師会専用駐車場を医師会館南側に設ける |
| |
10月 |
|
母子家庭医療費助成制度発足 |
| 昭和53年 |
2月 |
|
庄地区A会員になる |
| |
4月 |
|
各種学校から専修学校に移管し、
倉敷准看護学院を倉敷看護高等専修学校に
倉敷高等看護学院を倉敷看護専門学校と 改称 |
| |
9月 |
|
救急搬送情報収集システム 9月15日発足 |
| 昭和54年 |
3月 |
|
岡山県南西部圏域における二次救急医療体制の発足 |
| |
5月 |
|
美観地区が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定される |
| 昭和55年 |
4月 |
|
医療対策委員会発足
保健医療センター委員会発足 |
| |
7月 |
|
ショートステイ事業開始(ねたきり老人)
医師会だより 表装 刷新 |
| |
11月 |
|
第1回三種競技大会開催 |
| 昭和56年 |
|
|
|
| 昭和57年 |
4月 |
|
倉敷市独自の特定疾病患者救済制度が廃止 |
| |
7月 |
|
財団法人 倉敷市保健医療センター設立 |
| |
10月 |
|
倉敷市保健医療センター、倉敷市休日夜間急患センター開館、診療開始
デイサービス事業開始 |
| 昭和58年 |
2月 |
|
老人保健法制定、老人医療費無料制度廃止 |
| |
3月 |
|
倉敷看護専門学校新築落成 |
| 昭和59年 |
4月 |
|
倉敷医師会規程録を改訂
倉敷市休日夜間急患センター運営委員会設置 |
| 昭和60年 |
4月 |
|
ショートステイ事業制度拡大(痴呆性老人) |
| 昭和61年 |
4月 |
|
予防接種法の改正、MMRの開始(新三混)
麻疹の予防接種集団から個別へ
岡山県医政会は3月末で解散、4月1日より岡山県医師連盟と改称 |
| |
6月 |
|
倉敷医師会に生涯教育委員会発足 |
| |
8月 |
|
倉敷地区産業保健連絡協議会結成 |
| 昭和62年 |
9月 |
|
倉敷市連合医師会協議会にファクシミリ・ネットワークシステム導入 |
| |
10月 |
|
倉敷看護高等専修学校改築(第1期工事) |
| 昭和63年 |
3月 |
|
倉敷医師会立倉敷看護専門学校 閉校 |
| |
4月 |
|
財団法人 倉敷市保健医療センター立倉敷看護専門学校 開校
倉敷医師会「部制」に情報企画部を設ける
倉敷市連合医師会協議会が社団法人の認可を受け、社団法人 倉敷市連合医師会が設立
瀬戸大橋開通 |
| |
6月 |
|
訪問看護等在宅ケア総合推進モデル事業指定地区として厚生省より認可を受ける(現、倉敷訪問看護サービスセンター) |
| |
10月 |
|
同上事業開始 |
| |
11月 |
|
倉敷市連合医師会主催 第1回美術展開催 |
| 昭和64年 |
1月 |
|
昭和天皇崩御 年号が平成となる
倉敷呼吸器センター開設(急患センターで夜間の診療) |
| 平成元年 |
3月 |
|
倉敷看護高等専修学校 第2期工事終了 竣工式 |
| |
4月 |
|
倉敷医師会事務所移転(幸町3-20)
DPT個別、集団の併用
倉敷医師会規程録改訂 |
| |
5月 |
|
旧倉敷医師会館解体 |
| |
11月 |
|
地区労働衛生相談医制度モデル事業開始(現、倉敷地域産業保健センター事業)
MMR中止 |
| |
12月 |
|
高齢者保健福祉推進10カ年計画(ゴールドプラン)策定される |
| 平成2年 |
4月 |
|
倉敷呼吸器センター開院
MMR再開 |
| 平成3年 |
4月 |
|
倉敷医師会だより 300号発刊
訪問看護等在宅ケア総合推進モデル事業を市の事業として継続 |
| 平成4年 |
4月 |
|
財団法人倉敷市保健医療センターでの指定老人訪問看護事業開始
4年度から在宅寝たきり高齢者等介護手当支給制度発足
倉敷看護専門学校に昼間部定時制併設を決定
生涯教育単位チケット制になる |
| |
5月 |
|
財団法人 倉敷市保健医療センター立倉敷訪問看護サービスセンター開所 |
| |
10月 |
|
廃棄物の処理及び清掃に関する法律の改正により、感染性廃棄物が新たに特別管理一般(産業)廃棄物として規定される。 |
| 平成5年 |
4月 |
|
「特別管理産業廃棄物管理表(マニフェスト)」の交付、回付、送付及び報告等が義務付けられた。 |
| |
6月 |
|
地域産業保健センター事業開始 |
| 平成6年 |
4月 |
|
乳幼児医療費助成制度開始 (対象年齢を1才引き上げ2才未満となる) |
| |
10月 |
|
予防接種法改正、義務接種から勧奨接種となる
インフルエンザ任意接種となる |
| |
12月 |
|
新ゴールドプラン策定される |
| 平成7年 |
4月 |
|
ポリオ以外は個別接種となる
財団法人倉敷市保健医療センター立倉敷看護専門学校に 昼間部新設
第1看護科(昼間部)、第2看護科(夜間部)となる |
| |
7月 |
|
「倉敷市総合保健福祉センター」基本構想等策定委員会設置 |
| 平成8年 |
4月 |
|
診療報酬改訂
かかりつけ医推進モデル事業 開始 |
| |
5月 |
|
邑久町でO-157による集団食中毒発生 |
| |
6月 |
|
在宅介護支援センター連絡協議会発足
集団的個別指導始まる |
| |
11月 |
|
倉敷医師会情報ネットワーク(イントラネット)構築のための活動始まる
倉敷医療情報システム研究会(マークス)が発足
岡山県高度情報実験モデル事業に参加
携帯情報端末(カラーザウルス)を医師会員に配付 |
| 平成9年 |
2月 |
|
倉敷市保健医療センター訪問看護事業運営委員会設置
この下部組織として倉敷、児島、玉島訪問看護事業専門委員会が設置された。 |
| |
4月 |
|
財団法人倉敷市保健医療センター立児島訪問看護サービスセンター並びに玉島訪問看護サービスセンター開所
保健所業務の市への移管
乳幼児医療費助成制度 3才未満となる |
| |
10月 |
|
倉敷医師会50周年記念式典挙行 |